初安倍公房だよ。
今まで読んでなかったのが悔やまれます。
ストーリーはご存知かと思いますが、ある青年がダンボール箱を被り、生活し、不特定の存在になることによって、”見る”ということに伴う”見られる”という義務を回避するという訳の分からない話ですw
ぼく、文学的存在理由とかほんと疎いもので。
でも、訳が分からないながらも得るものは大きいと思う。
箱男と女装も似た部分があるような気がする。
ぼくは男である自分は嫌いではないし、女装してる自分より好きな部分もある。この醜態に近い女装なら尚更です。
じゃあ、なんで女装するかというと理由は分かりません(笑)
けれど、女装している自分をブログに載っけるということは”見せる”という行為であると同時に、自分とは別の存在が見られているという状況なんですね。自分がこうやって書いている駄文も、ぼくという存在なんだけれども、これを読んでいる奇特な方からすれば女装している姿というフィルターを通してこのブログを覗いているということ。それは女装していないぼくが、女装しているぼくという対象に表現は悪いかもしれないけれど、目を逸らさせることによって見られるという義務を回避して世界を見ているということでもあるんです。
では、女装しているぼくとそうでないぼく。違いはあるのかと聞かれると有るとも言えるし、無いとも言える。箱男も箱男になる前となったあとでも自分は自分なわけで。ただ、ぼくはたりたくみという箱を被ることによって、たりたくみという匿名の存在になる。
たりたくみであるぼくが取るコミュニケーションは日常とは違うもの、言わばいつもとは違う心の襞を振るわせている心地よさがあるんだと思います。
だから、醜悪でも女装を未だやめてないんじゃないかなぁと。
分かんないけどねw
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